高松高等裁判所 昭和45年(う)100号 判決 1971年11月30日
主文
原判決を破棄する。
被者人を懲役二年及び罰金三〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審における未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、記録に綴つてある弁護人土田嘉平作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する(ただし、控訴趣意第一点は、法令適用の誤のほか、事実誤認を主張するものであると附加訂正した。)。
第一点 事実誤認ないし法令適用の誤について。
所論は、要するに、原判決は被告人が国立高知病院の当直医師大野閧雄を脅迫して麻薬注射液オピスコを注射施用させた行為(原判示第一の(一))及びそれが未遂に終つた行為(同(二))を恐喝罪及び同未遂罪に該当するとして刑法二四九条一項(未遂につき同法二五〇条)を適用したが、右医師の注射施用は、非財産的な医療行為であつて、恐喝罪の要件である。財産的処分行為ではないのにかかわらず、これを強要罪でなく、恐喝罪と認定判示した原判決は、明らかに判決に影響を及ぼすべき事実誤認をしたか、または法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。
よつて、考察するに、まず、その事実関係を原判決が挙示する関係証拠によつて明らかにすると、被告人は、昭和四一年一〇月二六日夜高知市内で飲み歩いたあと、仲間の門脇勝三、竹原正とともに須崎市まで出向いて更に飲酒し、夜更けて翌二七日午前三時過頃タクシーで高知市内に帰る途中、腹部(胃)に痛みを感じたので、かつて、原判示国立高知病院で医師を脅して麻薬であるオピスコを注射施用させたことがあるところから、それを思い立ち、同日午前三時三〇分頃右門脇らとともに同病院に立寄り、当直員を起こして診察を求め、同病院内科診察室において当直医師大野閧雄の診察を受けたのであるが、右医師や看護婦らに対し、「岩崎(同病院の前院長)おるか。世話になつたことがある。」などと言つて横柄な態度で応接し、同医師が腹部を触診したりして用意したノンブロA(鎮痛剤)アロテック(喘息薬)のうちアロテックを注射すると、被告人は「オピスコを打て。刑務所へ行つていたからお礼に打つてもらつてもいいわ。早くオピスコを打て。」などと申し向けて麻薬である右オピスコの注射施用を要求し、同医師がその施用をする場合でなく、かつ、それができない理由を種々説明して断ると、更に、「オピスコでないときかない。麻薬は平気だ。」と言つて執拗にこれを要求し、また、傍にいる前記門脇も「早く打つてやれ。」と言い立て、同医師がもしこれを拒否したならばその生命、身体等にいかなる危害を加えるかも知れないような態度を示して同医師を脅迫し、これに畏怖した同医師は、やむなく右要求に応じてオピスコ注射液一本(一CC)のうち0.5CCだけを被告人に注射施用し、それ以上施用すると生命に危険があると言つて拒否すると、被告人が「その残りは門脇に打つてくれ。」と言うので、やむなく残りの注射液0.5CCを右門脇に注射施用したのであるが、このようにしてその診療が終ると、待ち合わせていた前記竹原が被告人らに代つて診療費五五〇円を係員に支払つて、ともども同病院を立ち去つたこと(以上原判示第一の(一)の関係)、更に、被告人は、同年一一月一日午前零時五〇分頃、高知市内で飲酒したあと、仲間の堀内治外一名を伴つて前記国立高知病院に赴き、前記と同様当直の大野医師や看護婦らを起こしたうえ、右手挫傷痛と喘息との診療を求め、かつ、同時にオピスコ注射液の注射施用を要求し、前同様の態度を示して医師を脅迫したが、同医師がそれに畏怖しながらも容易に肯ぜず、アロテック、ブスコパンで効くと言つて説明しながらこれらの注射施用をするうち、同病院の届出によつてかけつけた警察官に逮捕されてその目的を果すことができなかつたものであること(以上原判示第一の(二)の関係)、右の各事実を認めることができる。
按ずるに、強要罪と恐喝罪とは、人を畏怖させて意思決定の自由を侵害する点において共通するものであるが、強要罪が非財産的利益の供与ないし行為を対象とするのに対し、恐喝罪は財産的処分行為を対象とする点において明らかに相違があり、その相違こそ自由に対する罪としての強要罪と財産犯である恐喝罪との差異に由来するものにほかならない。ところで、およそ、医師が患者を診察した結果その治療を必要とする限り、その症状に応じて投薬ないし処方箋の交付のほか各種の注射を施用することは治療手段として当然のことであり、右医師の診察とこれに伴つて行なう注射施用等の治療手段とは一体となつて医師の技能および技術の発現ないしは行使としての医療行為であると解すべきであつて、その治療に用いる注射液等の薬剤そのものが財産的価値のあるものであることを理由に、注射液の注射施用もしくは投薬をとらえて恐喝罪のいわゆる財産的処分行為であるとするのは医療行為の性質を正解しないものといわなければならない。そのことは、かりに右注射液等の薬剤が、法律上の規制が厳しくその使用が限極されている医薬品、例えば麻薬であるオピスコ注射液のようなものであつたとしても別異に解すべき理由はないし、また、右治療行為として投与されるものである限り、それが経口薬であつても同様に解すべきものと考えられる。
本件についてこれを考えてみるに、前認定のように、被告人は、深夜酔余の勢で病院の当直員を起こすという非常識な仕方によるとはいえ、原判示第一の(一)の場合は腹痛のため、原判示第一の(二)の場合は右手挫傷痛、喘息のため当直医師大野の診療を求め、同医師の診察の結果ではアロテック等の注射を施用すれば十分であるとするのに、それでは不満であるとして、その際同医師を脅迫して特に麻薬であるオピスコの注射施用という治療行為をさせ、あるいは、それをさせようとして失敗に終つたというのであるから、右オピスコの注射施用は同医師の医療行為の域を出でず、従つて、被告人はその脅迫によつて、右大野医師をして義務なき右オピスコ施用の治療行為をさせ、あるいは、その未遂に終つたものと認めるべきである。
もつとも、被告人は、右各診療にあたり、当初からオピスコの注射施用をさせることを企図していたと認められるのであるが、このような事実があるからと言つて、直ちに強要罪を排して恐喝罪の成立を肯定すべきものとは考えられない。更にまた、前示認定のように、原判示第一の(一)の場合には、被告人が共犯者門脇にもオピスコを注射施用させた事実があるのであるが、それは、被告人に0.5CC以上施用すると生命に危険があると大野医師に拒否されたことから、たまたま同伴した右門脇に残りの注射液を注射施用させたに過ぎないのであるから、それは、被告人に対する診療に付随した偶然の行為と認めるべきであつて、その一事をもつて恐喝罪の成立を云々すべき性質のものではない。
以上の次第であるから、原判決がその判示第一の(一)、(二)の各事実につき、その所為を恐喝罪及び同未遂罪に該当すると判断したのは、事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つたものというべきであつて、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、その余の控訴趣意について判断するまでもなく、原判決はこの点で破棄を免れない。
よつて、刑訴法三九七条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決することとするが、前記恐喝及び同未遂の各公訴事実(昭和四一年一月一一日付起訴状公訴事実第一、第二)については、当審において、検察官から予備的に強要罪及び同未遂罪に訴因並びに罰条を変更する旨申立があり、当裁判所もこれを許可したので、これら各訴因について判断すべきところ、右本位的訴因(原判示第一の(一)、(二)の各事実)である恐喝罪、同未遂罪は認められず、予備的訴因である強要罪、同未遂罪の認められることはいずれも前示のとおりであり、従つて、本位的訴因(恐喝、同未遂)については犯罪の証明がないが、予備的訴因(強要、同未遂)についてはこれを肯認するに十分であるので、以下次のとおり認定判示する。
(罪となるべき事実)
被告人は
第一、(一) 門脇勝三と共謀のうえ、昭和四一年一〇月二七日午前三時三〇分頃高知市朝倉戊二九八番地国立高知病院内科診察室において、胃痛のため同病院の当直医師大野閧雄の診療を受けるにあたり、麻薬であるオピスコの注射施用をすべき場合でないのに、被告人において、「岩崎(同病院の前院長)は居るか。オピスコを打て。刑務所へ行つておつたからお礼に打つてもらつてもよいわ。オピスコでないと効かない。麻薬なんか平気だ。」などと、また前記門脇において「早く打つてやれ。」などとそれぞれ語気荒く申し向けて右オピスコの注射施用を要求し、右要求に応じなければ同医師の生命、身体にいかなる危害を加えるかも知れないような態度を示して同医師を脅迫し、よつて間もなく同所において、同医師をして被告人及び門脇に対し前記オピスコ注射液各0.5CCをそれぞれ注射施用させ、もつて同医師をして義務なき行為を行なわしめ
(二) 同年一一月一日午前零時五〇分頃前同所において、右手挫傷痛、喘息のため前記大野医師の診療を受けるにあたり、前記オピスコを注射施用すべき場合でないのに、「手が痛いから見てくれ、オピスコを打て。」などと話気荒く申し向けて右オピスコの注射施用を要求し、右要求に応じないときはいかなる危害を加えるかも知れない態度を示して同医師を脅迫し、前同様同医師をして義務なき行為を行なわしめようとしたが、同病院の届出によりかけつけた警察官に逮捕されたため、その目的を遂げなかつた
ものである。
(証拠の標目)<略>
(法令の適用)
被告人の判示第一の(一)の所為(強要)は刑法二二三条一項、六〇条に、同(二)の所為(強要未遂)は同法二二三条一項、三項に各該当し、判示第二の(一)の所為(無免許運転)は道路交通法一一八条一項一号、六四条に該当し、同(二)の所為(業務上過失傷害)は行為時おいて昭和四三年法律第六一号による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては右改正後の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右は犯罪後の法律により刑の変更があつた場合であるから、刑法六条、一〇条により軽い右行為時法の刑によることとし、更に、同(三)の所為(酒酔い運転)は昭和四五年法律第八六号によつて改正された道路交通法附則六項により右改正前の道路交通法一一七条の二の一号、六五条、同法施行令二六条の二に該当し、右(一)、(三)については所定刑中懲役刑を、右(二)については所定刑中禁錮刑をそれぞれ選択し、判示第三の(一)ないし(五)の各所為(売春をさせる契約)は売春防止法一〇条一項に該当するところ、その各罪につき同法一五条を適用して所定の懲役刑と罰金刑とを併科することとする。そして、被告人には原判示の累犯前科があるから、判示第一の(一)、(二)、第二の(一)、(三)、第三の(一)ないし(五)の各罪の懲役刑につき刑法五六条一項、五七条により再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから懲役または禁錮の刑については同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情において最も重い判示第一の(一)の強要罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罰金を合算し、その刑期及び罰金額の各範囲内で被告人を処断することとなるが、被告人の前示各所為はその罪質、態様、犯罪の経緯等に照らしていずれも悪質な犯行というべきであり、その他記録に顕れた諸般の情状に鑑みて、被告人を懲役二年及び罰金三〇万円に処することとし、刑法一八条を適用して右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、同法二一条を適用して原審における未勾留日数中二〇日を右懲役刑に算入する。
よつて、主文のとおり判決する、
(木原繁季 深田源次 岡崎永年)